掲示板の歴史 その二十一
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NO.428  口伝の理由、および『阿含経』の原語
□投稿者/ 空殻
□投稿日/ 2006/03/03(Fri) 19:48:13
□IP/ 71.118.35.228

モンブラン様、はじめまして(^_^)
貴重なご投稿ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

さて、こちらのご質問はきわめて専門的で参考になるため、
こちら、専門掲示板へ移動させていただきます。


@ 口伝の理由について
手がかりとなる歴史的資料が存在しないため不明。


A 漢訳『阿含経』の原語
中村元著・岩波文庫『スッタニパータ』「解説」によると、

「三蔵は恐らく西暦紀元後にもとの俗語からサンスクリットに翻訳されて、ひろく行われた。それらは散逸してしまったが、近年西北インドの山奥、あるいは中央アジアの地下の洞窟から発見され、逐次刊行されている。
そして諸部派に伝わった主としてサンスクリット原典がシナにもたらされて漢訳され、ほぼパーリ語三蔵に比敵するものが漢文の大蔵経のうちに収められ、若干はチベット大蔵経の中にも訳出されている」(四三五〜四三六頁)

とあり、また岩波書店『東洋思想第八巻 インド仏教1』所収、榎本文雄著「初期仏教思想の生成――北伝阿含の成立」によると、

「『長阿含』の原本は、ガンダーラ語で伝えられ、法蔵部に属していたと考えられている。
『中阿含』の原本が伝えられていたであろうケイ[四/マダレ/炎+リットウ]賓(ヒン)は、従来のように、カシュミールとは限定できず、アフガニスタンまで含む北・北西インド全体を指す可能性がある。しかし、教理内容の点から、『中阿含』の原本は、やはり、カシュミールの説一切有部教団で伝承されていたと推論できる。その原語はガンダーラ語であったようである
『雑阿含』は、訳出後、一部が他経典と入れ替わり、組織も乱れた。その原本の成立に当たってはマトゥラーの教団が関与しており、帰属部派も根本説一切有部系と見られる。また、他経典や『雑阿含』内部の経を引用する点は、成立の時期や新古の層の存在を物語る。
『増一阿含』は僧伽提婆の訳であると考えられるが、原本の帰属部派など不明な点が多い」(一一二頁)

とあります。
ちなみにこの「ガンダーラ語」というのは、上記榎本氏論文によりますと

「少なくとも紀元前三世紀から後三世紀に至るまで、ガンダーラを中心に現在中国領の東トルキスタンでも使われていた中期インド語の一種であり、現在、インダス川上流域やカシュミールで用いられているダルディク語がその後裔と見られている(O. von Hinu:ber, Das a:ltere Mittelindisch im U:berblick, Wien 1986, pp. 28f., 33f., 66-68.)」(一〇七頁)

と説明されており、同原語が原本に用いられていたと推定された場合、その原本はガンダーラ、カシュミール、東トルキスタンのうちのいずれかで伝えられていたと推定されることができます。