掲示板の歴史 その十六
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NO.372  娑婆世界
□投稿者/ 空殻
□投稿日/ 2005/02/21(Mon) 16:50:00
□IP/ 4.27.3.43


次には「娑婆世界」の定義を引いてみたい。
まずは岩波『仏教辞典』より。
 娑婆[しゃば]

サンスクリット語sahAに相当する音写。sahAは「忍耐」を意味する。西方極楽世界や東方浄瑠璃世界と違って、娑婆世界は汚辱と苦しみに満ちた穢土であるとされたため、「忍土」などとも漢訳されている。なお、仏滅から弥勒菩薩の56億7千万年後の下生に至るまで、娑婆世界は無仏で、地蔵菩薩などがその間の導師であるとされる。
法蔵館『仏教学辞典』より。
 娑婆[しゃば]

(梵)サハー sahAの音写で、沙呵、娑呵、索訶、沙桴などとも音写する。詳しくはサハー・ローカダートゥ sahA-lokadhAtu(沙訶楼陀、娑婆世界)という。釈迦牟尼仏が教化するこの世界のこと。sahAは忍、堪忍と訳し、聖者が労倦を堪え忍んで衆生を教化するから、この世界を忍土、忍界、堪忍土、堪忍界という。また、この世界の衆生は、内には煩悩があり、外には風雨寒暑などがあって、苦しみを耐え忍ばなければならないから、忍土というとする説もある。娑婆を(梵)サバーsabhA(集会の意)の音写と解して雑会(ぞうえ、まじりあつまる)世界と訳すこともあり、或いは(梵)サバヤsabhaya(恐怖を伴うの意)の音写と考えて恐畏国土と訳すこともある。なお、娑婆世界は、古くは閻浮提、または一四天下を指したが、後には一釈迦仏の教化は三千大千世界にわたると考えて百億の須弥山世界を総称して娑婆といい、従って釈迦仏は娑婆の本師(ほんじ)と称される。また梵天がこの世界を創造したとして、梵天を娑婆主、忍土王ともいう。
定方晟『須弥山と極楽/仏教の宇宙観』より。
娑婆世界とは、われわれの住むこの世界をいい、シャカ出世の舞台になり、教化活動の対象となった世界である。しかし、その範囲に関してはいろいろ考えがある。一つは贍部洲とする考え、一つは四天下(すなわち、勝身、贍部、牛貨、倶廬)とする考え、一つは三千大千世界とする考えである。玄奘は三千大千世界を一仏の教化の対象とし索訶世界と呼んでいる。
「娑婆」はsabhA(「雑然たる集まり」の意とされる)の音訳であり、「索訶」はsahA(「苦を耐え忍ぶところ」の意とされる)の音訳である。ともに同じものを指して、いってるのであるが、そもそもこの言葉の初めは、sabhaya(「恐怖を有する国土」の意)であったらしい。どの呼び名にしても、この世を苦に満ちた煩悩の世界とすることに変りはない(もっともこの「娑婆」ですら、囚人にとっては自由なありがたい世界らしい)。
また、「娑婆世界」はシャカの出世したこの三千大千世界だけに適用される言葉――すなわち固有名詞――かもしれない。『放光般若経』に「西方極遠に世界あり、沙訶と名づく。その仏を釈迦文と号す」といい、『阿弥陀経』に「釈迦牟尼仏はよく甚難希有のことをなし、よく娑婆国土の互濁悪世の・・・・・・中において・・・・・・」といっているからである。(一三三)