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NO.352 『不増不減経』
□投稿者/ 空殻
□投稿日/ 2005/01/11(Tue) 20:30:17
□IP/ 4.27.3.43
『不増不減経』
柏木氏「如来蔵思想」より(一五八〜)。
- 大正一六、No.六六九。
- 梵名は『宝性論』によるとanUnatv^apUrNatvanirdeSa-parivarta。
- 『如来蔵経』の主張に基づいて「法身(dharmakAya)と衆生界(sattva-dhAtu)は一界(eka-dhAtu)であって増減がない」ということを主題とする、論書的性格を持った小部の経典で、元魏・菩提流支による漢訳一本だけしか伝わっていない。
- 『宝性論』にサンスクリット原典の三分の一ほどのテキストが引用されており、ここには如来蔵本質論の立場から、「法身と如来蔵」の関係から「衆生(界)」にたいして積極的かつ理論的な言及をする。
- 「衆生界」=「如来蔵」=「法身」=「一(法)界」の積極的な表現において、法身が無辺際の煩悩に纏われて輪廻の生死に漂流する状態を「衆生(界)」となすというところが同経の骨子である。
- 同経の『宝性論』の如来蔵説に対するもっとも重要な貢献であると指摘されている三点は以下のとおり:
@ 未来際と等しく常恒なる法性(dhruva-dharmatA)が存在すること
A 如来蔵には煩悩蔵が無始時来共存しているが、それらは本質的に非結合性のもの(asaMbaddha-svabhAva)であること
B 清浄法が無始時来共存し、かつ本質的に結合性のもの(saMbaddha-svabhAva)であること