仏教用語辞典


二入四行論 [ににゅうしぎょうろん]
ボーディダルマの教えは「不立文字」の祖師禅であるとして、何かと厳しく排他的な実践主義として捉えられがちである。
しかしながら、彼の本来の教えは慧可の兄弟弟子曇琳が『二入四行論』(二〇世紀初頭、敦煌出土)として残していて、これには 「仏道を達成するには、教によって宗を悟る理入と、行の実践によって道に証入する行入との二行があり、いずれの道を踏襲してもよい」 という内容が書かれている上、報冤行、随縁行、無所求行、称法行といった行入の具体的行法を説いている。

⇒ 達磨 不立文字

如実知自心 [にょじっちじしん]
未入力。

⇒ 三句

如来 [にょらい]
そもそも如来のサンスクリット語「タターガタ」は修行を完成した者の一般的な呼び名であって、仏教以前より諸宗教を通じて用いられていた。
これが後に専らブッダの称呼となり、更には大乗仏教において諸仏の称呼となった。
また、仏の十の称号(「十号」というが、本当は十一号ある)のひとつであり、仏の徳性を示す他の九号(十号)を総称する語でもある。
この語の原義・語源は未確定であり、初期の仏典にも語義説明がなされていない。
「タター(あのような)ガティ(境涯)に赴いた人」を意味するという説も生じたが、同語が「タター(そのように、如実に)」と「ガタ(去った)」もしくは「アーガタ(来た)」との混成語であるとも取れることから、部派仏教の時代に至ると「過去の仏と同じように来た」=「真実から来た(如来)」、「過去の仏と同じように行なった」=「真実へ赴いた(如去)」などといった教理的な解釈が現れた。
「如来」という語彙自体は後漢の安世高の翻訳に始まった漢語であり、以来タターガタは終始ほぼ一貫して「如来」と表記され続けた。
これは、中国仏教においてタターガタが「真実より衆生の世界へ来た者」と考えられていたことを意味する可能性が高い。
「如去」ならば「自力的要素」を思想的背景とし、「如来」ならば「他力的要素」を思想的基盤とする。
後者の呼び名は一般化してはいるが、解釈としてはむしろ新しいとらえ方であると知るべきであろう。

ところで、故玉城康四郎氏はその著書で『南伝大蔵経/巻十九』(一六六〜一六八頁)を引き、同経が「三ヶ月の安居を終えたブッダは入出息念住がそのまま如来住(tathaagata-vihaara)であった」と説いていると報告している。同氏はダンマ(法)をキリスト教におけるプネウマ(聖霊)と同じであると考え、それを更にタターガタ(如来)と同一視した上で、上記の「如来住」を「如来がブッダに顕わになって、ブッダの人格体が如来に包摂され尽くすこと」であり、「如来がブッダに住し、ブッダが如来に安らって、如来とブッダとが融け合って一体となること」であると定義している。
また同氏は『起世因本経』(Agganna-suttanta)の記述を要約して次のように述べている。

信が如来において、確立し、根ざし、定立し、堅固となり、沙門によっても、バラモンによっても、天によっても、悪魔によっても、ブラフマンによっても、また世間のいかなるものによっても動揺しない人は、世尊自身の子であり、ダンマから生まれたもの、ダンマから現れたもの、ダンマの相続者である。実に如来と同義語であり、法身とも法体ともいう。(『南伝大蔵経/巻八』一〇三頁)

もしこれらの記述が信頼するに足るものであるならば、仏教におけるタターガタは初めから法身仏のことであり、タターガタ・ヴィハーラ(如来住)とはすなわち「加持による即身成仏」のことを指すことになる。真言も印も儀礼も必要なく、ただの数息観でそれが可能になるというのもまた注目に値する。
そうすると、仏教のタターガタは他宗教のそれに比べてきわめて特殊な性質を持ったものであった、と考えなくてはならなくなるだろう。
(参考文献『岩波仏教辞典』『仏教学辞典』、玉城康四郎『悟りと解脱』七八頁)