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NO.285 訳経史
□投稿者/ 空殻
□投稿日/ 2004/10/13(Wed) 10:20:44
□IP/ 4.27.3.43
故・金岡照光氏は著書『仏教漢文の読み方』(春秋選書、平成六年)にて、中国仏教の歴史について、 「ある一面では経典翻訳の歴史であったといえないこともない」(同二頁) とし、 「現在、各研究者による中国仏教史の時代区分には、「経典の翻訳」という歴史的事実が、不可欠の基準となっている」(同三頁) と述べている。
訳経史の把握は諸氏によって異なり、それは同著の引用の数々を見ると分かる。
以下は同著に引用された訳経史のリストである。
@ 境野黄洋博士『支那仏教精史』(『仏教漢文の読み方』二頁)
- 古訳時代 =鳩摩羅什以前の仏教
- 旧訳時代 =鳩摩羅什以後・隋・唐以前の仏教
- 新訳時代 =隋・唐の仏教
- 末期翻訳時代 =趙宋以後の仏教
A 常盤大定博士『支那仏教の研究/巻一』(同三頁)
- 伝訳時期 =BC二世紀〜AC五世紀。前漢末から東晋(道安の出現)まで
- 研究時期 =AD五世紀〜AD六世紀。東晋(鳩摩羅什の出現)から南北朝まで
- 建設時期 =AD六世紀〜AD八世紀。隋初から唐の玄宗まで
- 実行時期 =AD八世紀〜AD十二世紀。唐の玄宗から北宋の末葉まで
- 継承時期 =AD十二世紀〜AD二十世紀。南宋の初頭から清末まで
B 道端良秀博士『中国仏教史』(同三頁)
- 伝訳時代(訳経中心の時期) =前漢から東晋まで
- 研究時代(思想研究中心の時期) =東晋から南北朝まで
- 建設時代(宗派大成の時期) =隋唐の時期
- 継承時代(民衆仏教の時期) =五代から明末まで
- 衰退時代(仏教の力が影響を失った時期) =清から現代まで
C 平楽時書店『仏教史概説 中国篇』(同四頁)
- 古代史 =中国伝来以前のインド・中央アジアにおける仏教
- 漢から五代までの十世紀間
(1)訳経時代(AD二世紀〜AD四世紀。漢・魏晋時代)
(2)研究時代(AD五世紀〜AD六世紀。南北朝時代)
(3)宗派大成時代(AD七世紀〜AD八世紀。隋唐時代)
- 宋から清末までの十世紀間
伊藤丈博士はまたこれについて、 「仏典漢訳の時代区分から言えば、この[上古漢語と近代漢語の中間に位置する]時期は古訳(ほぼ、後漢〜西晋)と旧訳(ほぼ、東晋〜隋)の時代にあたる」 と述べている(『仏教漢文入門』一頁)。
中国語史上から見た仏教漢文の位置づけについては以下の通りである。
@ 王力教授『漢語史稿/上』(同二九頁)
- 上古期 =紀元三世紀以前。三、四世紀を過渡期とする
- 中古期 =紀元四世紀から十二世紀(南宋前半)。十二、十三世紀を過渡期とする
- 近代期 =紀元十三世紀から十九世紀(アヘン戦争)。一八四〇年のアヘン戦争から、一九一九年の五四運動を過渡期とする
- 現代期 =二十世紀。五四運動以後
上記区分においては、漢訳蔵経は(1)後半から(2)前半までの時期に位置づけられる。
A 藤堂明保博士『中国文化叢書/巻一』「言語―上古漢語の音韻―」(同三〇頁)
- 太古漢語(Proto-chinese) =殷代〜西周(BC十五世紀〜BC十世紀)
- 上古漢語(Archiaic-chinese) =東周〜春秋戦国〜秦漢〜三国(BC七世紀〜AD五世紀)
- 中古漢語(Ancient-chinese) =六朝〜隋唐(AD六世紀〜AD十世紀)
- 中世漢語(Meddle-chinese) =宋〜元〜明(AD十一世紀〜AD十六世紀)
- 近代漢語(Modern-chinese) =清〜現代(AD十七世紀〜AD二十世紀)
上記区分においては、漢訳蔵経は(2)後半から(3)にかけての時期に位置づけられる。
また、伊藤丈博士はその著書『仏教漢文入門』にて次のように述べている。
- 魏晋南北朝期は、漢語史の上から観るならば、周秦から前漢までの上古漢語と、唐から宋までの近代漢語の中間に位置する。この時期は、説により中古漢語とか、また、六朝漢語とか呼ばれるが、この書では、魏晋南北朝漢語の名称を用いた。(『仏教漢文入門』一頁)
唐から宋までの漢語を「近代漢語」と看做す説があるかどうかは疑わしい。
おそらく同氏による憶え違いか何かではないかと思われる。
とにかく、いずれの区分に当てはめても半端なことになってしまうため、同氏は、二世紀の中葉あたりから六世紀にかけて仏典翻訳に用いられた漢文形式を取って便宜上 「魏晋南北朝漢語」 と呼んでいる。