掲示板の歴史 その二
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NO.53  日本の呪詛の歴史と「言霊信仰」
□投稿者/ 空殻
□投稿日/ 2003/11/13(Thu) 16:40:45
□URL/ http://members13.tsukaeru.net/qookaku/

今回の遣り取りを切欠に、久々に引っ張り出した小松和彦氏の著作『日本の呪い』(一二八頁)から該当部分を以下に引用します。
言霊信仰――言葉を発すれば、それが「呪い」となる

日本の呪詛の歴史を眺め渡してみると、そのテクノロジーにもさまざまな潮流の盛衰をみることができる。そのなかで、今日まで影響を残している呪いのテクノロジーは、大きく分けると、

@奈良時代に活躍した呪禁道
A平安時代にピークを迎えた陰陽道
B平安時代初期に日本に招来されて、古代末期から中世に絶大な勢力を誇った密教およびそのバリエーションともいえる修験道

の三つにまとめることができる。「丑の刻参り」をはじめとする民衆に流布した呪いのテクノロジーも、この三つの呪いのテクノロジーの影響を受けて発達したのである。
この三つのテクノロジーは、いずれも中国から伝来したさまざまな宗教的知識・技術をもとにして作り出されたものだが、それ以前、『古事記』や『日本書紀』に描かれた神々の時代においても呪いのテクノロジーは存在していた。まず、これから紹介することにしよう。
ひとことでいうと、神々の用いた呪詛法は、私たちの知っているそれとはかなり違っていた。素朴ともいえる、言葉に霊が宿っているという言霊信仰がとりわけ盛んだった。たんに呪文や呪いをこめた言葉を発するだけで呪詛が発動したらしいのだ。「おまえを呪ってやる!」といえば、もうそれが呪詛なのである。呪いの言葉を発することによって神秘的パワーが発動し、呪われた人物は災厄に苦しむことになる。

・・・(中略、イザナギ・イザナミの事例)・・・

こうした言霊による呪詛は、今日まったく途絶えてしまったというわけではない。宗教者たちが唱える呪文にはそうしたパワーが託されているし、私たちが日ごろなにげなく使っている言葉にも、そうしたパワーを感じ取ることさえある。たとえば、私たちは受験生のまえで、「落ちる」とか「すべる」という言葉を極力使わないようにする。また、病人のまえでは「死ぬ」、結婚式では「切る」という言葉がタブーとなる。

・・・・・・(以下略)

以上のように、小松氏はまず有名なイザナギとイザナミの神話を例に採って日本における呪詛の根源とも言える言霊信仰について触れてから、呪禁道、陰陽道、密教と、日本の歴史の表舞台に登場した順に従って説明し、最終的にはそれらがどのように「民衆の呪い」である「丑の刻参り」の作法へと発展してゆくかを述べています。

参考になれば幸いです(^^)